従軍慰安婦

最近国際的にトレンディーな話題「従軍慰安婦」について書いてみる。

従軍慰安婦の概略については慰安婦問題FAQを参照して下さい。



この問題について一部の人が拘っている広義の強制と狭義の強制の違いというのがよくわからん。
業者が騙したのが広義で、軍が直接奴隷狩りしたのが狭義ということらしい。

いずれにしても拉致監禁してそのうえ強姦したということには変わりなく、
業者の活動に行政当局の支援があった以上、日本政府の責任は免れる筈もない。


安部晋三の発言が「開き直り」と受け止められて国際的非難を浴びるのは当然の事で、
とうとう「河野談話を継承する」と言わざるを得なくなった。


結局小泉が「村山談話」を踏襲したように、安部も「河野談話」を継承せざるを得なかったわけで、
二つの談話の意義は決して小さくなかったことがわかる。
もしこれらの談話がなかったら事態は更に混迷しただろうな。



ところで狭義の強制連行はあったのかという問題だが、まず女性たちが集められた
地域を3つに分けて考えてみる。日本内地、植民地、占領地だ。


内地ではさすがになかったと思わる。しかし内地の場合は純粋に愛国心に燃えて
(事務や看護の仕事と思って)応募した女性も多く、戦地に来たら売春を要求された
なんて事例を見るとおじさんは頭を抱えてしまうのだ。


植民地では強制があったという証言がある。(吉田証言意外にもね)
業者が主体だったようだが、軍からの要求数に満たない場合は
総督府が動いて集めたと考えられ、この時点で様々な強制があったことが推定される。

  軍隊以外の行政組織の関与を狭義でないと分類すれば、「狭義の強制」はなかったと
一応は主張できます。何の意味があるかわかりませんが。


占領地では軍政が施かれていた。ここでは軍が直接集めた事例が数多く報告されてる。
一番有名なのは白馬事件であろう。狭義の強制連行はやはりあったのである。



ネットでも「従軍慰安婦」の議論が盛んだが、基本的知識を欠いているのが多い。
従軍慰安婦」関連の本はかなり多いが一冊挙げるとすれば次の本である。


従軍慰安婦」(吉見義明著 岩波書店)1995年4月20日発刊
私の持っているのは 1998年 4月 6日の第10刷である。


私がこの本を推すのは入手し易いこと、新書でありながら内容が充実しているためである。



またこの本は否定派にもお勧めである。はっきりいってネットで見られる否定派の
主張は肯定派の主張を理解せず、言ってもいないことに反論している場合が殆どである。


この本は研究結果がどのような史料を基にしているか詳しく書いてあるし、
巻末には参考文献リストも付いている。どこを反論すればよいか判る本である。



また以下の場所から報告書と資料集がダウンロードできます。
本格的に研究や議論をしたい方はどうぞ。


女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)歴史の教訓とする事業

チャンネル桜の視聴者数

保守系CS局「チャンネル桜」が経営難のため放送形態縮小というニュースがあった。

チャンネル桜がなくなっても惜しいともなんとも思わないのだが、ふと視聴者はどれ位居たのだろうと思った。


まず放送の土台となるスカパー(SKY PerfectTV!)であるが、
その規模は300チャンネル、加入者数360万人(2006年12月)である。


そして チャンネル桜を一年間視聴するのに掛かる費用だが、

スカパー加入料 2940
契約料 440×12= 5280
チャンネル桜視聴料 880×12=10560

トータル 18420+α


α は機器と工事費だが、マンションによっては必要ない場合もある。
すでにスカパーに入っていればチャンネル桜視聴料だけで済む。


月平均だと 880 から 1535+α である。
微妙に高いような気もするが、同志愛があれば乗り越えられる額ではある。


次に経営状況であるが、チャンネルを借りるのに年間1億数千万、番組制作も含めると年間4億円の経費だそうである。
累積赤字5億を放送期間(2004年8月15日から 2007年4月1日)で割れば年間の赤字は2億弱。
結局一年間の粗収入は約2億円になる。

さて視聴者の数であるが、2ch での未確認情報では社長が放送中に1万人と言ったらしい。
これを基に計算すると視聴料収入は1億になる。しかし「実数は5000くらい」とか
「880円がまるまるチャンネル桜に入る訳ではない」とうのが本当だとするとかなり悲しい数字になる。


目標は3〜4万人だったらしいが、もし 1% の 3万6千人が加入し、視聴料の7割が
チャンネル桜に入るとすれば、視聴料収入は2億7千万。視聴者が増えれば広告も
取りやすくなるので黒字経営も可能である。
しかしあのコンテンツでスカパー加入者の1% を取り込もうというのは無理だと思うぞ。


結局、裏の取れない数字が多くてうまく纏められないのだが、

チャンネル桜の視聴者数は大甘に見ても1万程ではなかろうか。


追記(3/23)

こちらで水島総社長自身の発言を見つけました。

http://www.nankinnoshinjitsu.com/blog/

チャンネル桜の月額料金は880円だったが、そこからスカパー!に手数料330円が引かれ、手元に来るのは550円である。視聴者が一万人で年間6600万円の売上げである。

私の予想(期待)では、雑誌「WiLL」や「正論」「SAPIO」の部数位の視聴者が、二、三年の間に加入していただけるのではと期待していた 。

ちなみに「社団法人 日本雑誌協会」によれば、正論 8万7155部、SAPIO 13万9773部、だそうです。WiLL の発行部数は判りませんでした。

http://www.j-magazine.or.jp/data_001/index.html


スカパーの契約世帯は日本の世帯数(4678万)の一割にも満たないので、
上記雑誌の読者の九割はまずスカパーに加入しなくてはならない。

敷居はかなり高いと思うのだが。

ボツ

前回は「次回は現在日本で進行中の本物の陰謀について述べることにする。」と書いたのですが、ボツになりました。

予定ではホワイトカラーエグゼンプションの背後に潜む陰謀の話になる予定でしたが、
書くのが遅れているうちにとりあえず撤回されたりして気が抜けたので取りやめにします。

近衛上奏文

1945年(昭和20年)2月14日に、近衛は昭和天皇に対して、「敗戦は遺憾ながら最早必至なりと存候」で始まる「近衛上奏文」を奏上した。


近衛は共産化の危険を訴え早期講和を主張したが天皇は、「もう一度戦果をあげてからでないとなかなか話は難しいと思う」と述べてこれを拒否した。

この時点で降伏していれば沖縄戦や原爆の悲劇はさけれたわけで「遅過ぎた聖断」といわれる。


ところで一部に天皇の「話は難しい」の話は人事にかんする話だと主張する向きもある。


しかし近衛上奏文の主張の第一は早期講和にあり、人事はそのための手段である。
天皇が講和ではなく人事の話として答えたとすれば、上奏文の文意が読めなかったかボケをかましたということになる。
また戦果を上げれば主戦派が勢いづき講和派の力は弱くなるので人事的には逆効果になる。
そしてまた昭和天皇独白録(文春文庫)には以下のような記述がある。


「その当時木戸と相談して、重臣を一人一人秘密裏に呼んで、前途の方針に付て、意見を求めたが、
確たる意見を持っている者は一人もない。岡田と牧野は比較的穏当な意見であったが、結論は云はぬ。
近衛は極端な悲観論で、戦を直ぐ止めたが良いという意見を述べた。
私は陸海軍が沖縄決戦に乗り気だから、今戦を止めるのは適当でないと答へた。
要するに楽観論と悲観論の二つに別れた。」


やはり天皇が拒絶したのは人事の話ではなく早期講和の話と結論してよいだろう。


もう一つ「近衛上奏文」絡みでよく出てくるのが「共産主義者の陰謀」というやつである。
近衛が天皇を説得するのに最も強力なレトリックとして「共産主義者の陰謀」を
持ち出したのは間違いない。しかし当人が単なるレトリックと考えていたのか、
深く信じていたのかは不明である。


けれども当時の日本共産党は国内では壊滅状態で、海外に逃れたわずかの党員が中国共産党と行動を共にして日本軍にたいして宣伝活動をしていた程度でとても革命を起こせる状態ではなかった。

共産主義者の陰謀で戦争が起きたとか、講和が遅れたというのは根拠のない陰謀論である。



年表

1944年 6月15日〜7月9日  サイパンの戦い
1944年 10月23日〜25日   レイテ沖海戦
1945年 2月14日   近衛上奏文
1945年 2月16日〜3月26日 硫黄島の戦い
1945年 3月26日〜6月23日  沖縄戦


近衛上奏文
http://www.ne.jp/asahi/masa/private/history/ww2/text/konoejousou.html
http://www.geocities.jp/since7903/zibiki/ko.htm#konoezyousyoubun



次回は現在日本で進行中の本物の陰謀について述べることにする。

「百人斬り」の背景


向井・野田両少尉の行ったことは実際は「捕虜の据え物斬り」であったわけだが、二人が特別残忍だったのかというとそれは違うようである。
手元の二冊の戦記から引用する。

八路軍捕虜の最後

まず最初、九名のうち三十歳を少し過ぎていると思われる、長身で色の浅黒い、目つきの鋭いたくましい八路軍兵士を処刑した。
「天賀谷ッ、昨日斉山で戦死した根元の仇を討て!」
という柏崎中隊長の命令に、天賀谷三男上等兵茨城県出身)は「ハイ」
となんのためらいも見せずに捕虜の前に立って銃剣をかまえた。
天賀谷上等兵は、すでに初年兵教育中に捕虜刺殺を経験させられていたためか、
初年兵ながら実に沈着で、中隊長以下一同びっくりした。

(略)

この場で殺したのは天賀谷上等兵が刺殺した一名だけで、ふたたび八名の捕虜を引き連れて西へ前進した。五分ほどたったとき、突然後方で十数発の銃声が連続して響いた。
一瞬敵襲かと思ったが、まもなく「いまの銃声は保安隊が八名の捕虜を銃殺した銃声である」という連絡があった。銃殺の命令はもちろん柏崎中隊長が出したものである。


華北戦記」桑島節郎 朝日文庫(初版は 図書出版社 昭和53年)


首斬り軍曹

藤井軍曹については、もうひとつ、思い出したくもない記憶がある。
彼は外見のやさ男に似ず、度胸もあり、剣道も二段の腕前だった。
彼が希望したのかどうかは別として、大隊で処刑する中国軍俘虜の死刑執行は、もっぱら軍曹の日本刀による斬首ときまっていた。

(略)

私はこの血の凍るような光景に、一度だけ立ち会わされたが、国際法も何も、あってもないようなもので、平気で捕虜を死刑にしてしまう軍幹部も幹部だが、いかに命令によるものとはいえ、藤井軍曹はこの死刑執行人の役をもっぱら一人でうけおっていたようである。

(略)

敗戦後、藤井曹長は、国府軍から戦争犯罪人としてきびしく追及されたが、すでに第百三十二師団に転属しており、もとの第三十九師団からは除籍されていたため、追求の手を逃れて、昭和二十一年六月、無事故郷に帰還した。


「華中戦記」 森金千秋 図書出版社 昭和51年


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どうも旧日本軍では捕虜を殺すことは広く行われていて珍しい事ではなかったようである。

そして捕虜の処刑を止めなかった軍の上層部や多数の捕虜殺害者は逃げおおせている一方で、
両少尉は記事になったため容易に特定されて戦犯にされて割を食ったという面はある。

積極的に殺人競争を行った両少尉に罪があるのは明らかだが、
大々的に捕虜の処刑を行った日本軍の組織的問題の方が重大であろう。

「百人斬り」を道徳で授業する

2006年12月22日 最高裁は遺族側の上告を棄却し、「百人斬り」裁判は原告側の完全敗訴で決着しました。元々死者の名誉毀損という無理のある訴訟だった上に、原告側に不利な証言が新たに発掘されたりしたので当然の結果と言える。



ネットを見ると「百人斬り」事実無根と信じてる人は沢山いるのですが、
それを小学校の授業でやっちゃってる先生がいます。


「百人斬り」を道徳で授業する


しかし歴史の授業ならまだしもなんで道徳の時間に?
意図がわからん。メディアリテラシー教育っぽくみえるが、そのつもりなら
肯定側、否定側両方の資料や証言を批判的に見るように教えなくてはまずいだろう。

野田、向井の獄中手記を無条件で正しいと纏めるのはいかがなものか。
それって記者を誹謗しその名誉を毀損する行為だろう。


>この事件については、現在も裁判中です。ですから、どちらが正しいのか、司法的にはまだ判断
が下されていません。以下は、第7回の裁判の様子です。



いまもこの授業をやっているとすれば、当然司法判断にも触れてるんでしょうな。


こちらの先生も意図が判らないと書いてます。


■[教育]「百人斬りを道徳で授業」の意図がわからない件



この先生、他にもユニークな授業をしてます。



「浮世絵・アニメ」を道徳で授業する


「ゲーム脳」を学活で授業する


この先生「ゲーム脳」も信じちゃってるよ。