*[近現代史]歴史修正主義について

歴史修正主義について最近盛り上がっているようだ。


【Close to the Wall】「なにが歴史修正主義の問題なのか」についての私見
【児童小銃】歴史修正主義の手口について


重要な論点は既に出尽くした感もあるが、私なりに思いついたことを書いてみる。


次のような例題を考えてみる。

あるスポーツの試合でAチームが99個の反則をし、Bチームが1個の反則を行ったとする。
このとき以下のような言説があった時、正しいのはどれだろうか。


(1) 両チームとも反則を行ったが、Aチームの方が圧倒的に多かった。
(2) 両チームとも反則を行った。
(3) Aチームは反則をしたが、Bチームにはしなかった。
(4) 両チームとも同じ位反則を行った。
(5) Aチームは反則をしなかった。


(1) が正しくて、(4)(5)が間違いなのは問題のない所。
しかし (2)(3) については微妙な問題を孕む。


形式論理では(2) は真命題、(3)は偽命題になるのだが、
(2) が正しくて (3) が間違いと言い切って良いのだろうか。
特に実際に試合をしていた Bチームの人間が (3) を言うとき、「お前は嘘つきだ」といった非難をすることは躊躇われる。


そこで情報という面で両者を比較してみる。
(2) には「Aチームの方が圧倒的に多かった。」という情報が欠落していおり、
(3) には「Bチームにも僅かながら反則があった。」という情報が欠落している。

どちらの情報のほうが重要かといえば 「Aチームの方が圧倒的に多かった」 という情報の方である。
より重要な情報を欠落させている点で(2) は(3)に比べて正しくないのだ。


この場合の「正しさ」は論路的正しさではなく、政治的正しさである。
(2) の言説は中立性にという点で(3)より問題があるのだ。



いうまでもないことだが、アカデミズムの場では (1)以外は排除すべきである。
また裁判の事実認定の場合も同様である。


現実の歴史修正主義者の殆どは (4)(5)の言説を取る。
Bチームに反則がない場合ですら (4)(5)の言説を取る。